【脳出血】入院中の旦那の様子をお伝えします。

リハビリに関する事

こんにちは、脳出血で左半身麻痺になった旦那を、在宅介護している主婦です。

旦那が脳出血になったのは、1月30日の事でした。この時期が来ると、いつもあの日の事を思い出します。だからといって暗い気持ちになって落ち込む事はありません。

ただ、2度と繰り返さないためにも、しっかりあの日の気持ちを思い出します。「あんな恐ろしい思いはしたくない」「生きててくれて良かった」そして、生活を改めて見直します。

今回は、入院中にあった事をお伝えします。多くの方が旦那と同じようにならないようにしたいです。このブログで注意喚起出来たら嬉しいです。

最後までお読みくださいね。

誰でも、何歳でも、病気の可能性はある

まずは、脳卒中も心疾患も、癌も…どんな病気であろうと、わたし達はなる可能性があると思っていた方が良いと思います。それは、不安になれ。という意味ではなく、誰でも可能性があるので、普段から、健康には気をつけていましょうね。という意味です。

脳出血になり、運ばれる時

前にも書きましたが、旦那を病院へ連れて行ったのはわたしでした。「何だか身体がおかしい」と連絡が来てすぐに病院まで連れて行きました。すでに左側は動き辛くて、顔はすっかり歪んでいました。

病院に着くと

脳出血になって、歩いて病院に入る人って珍しいんでしょうね。受付の女性が驚いていたのを思い出します。慌てて車椅子に乗せられて、救急医療室に連れて行かれました。

診察室に横にされた時、急に旦那が嘔吐しだして、看護師さんが二人がかりで「起き上がらないで!」と押さえつけていました。吐きたくてバタバタと暴れる旦那と押さえつける看護師さん…ちょっと恐ろしかったです。

治療を受ける旦那

しばらくの間、待たされました。治療のため薬で眠らせられて、MRIを撮られてました。その間はどうしていいかわからず、とにかくみんなに連絡して、祈りながら待ちました。何の状況もわかっていないので、涙は出ませんでした。

医師からの報告

担当した医師は、とても誠実なまっすぐな方でした。真実を淡々と語る医師を見て、こんな人がいるのだと初めて知りました。

明るい可能性の話はしない。医者って誰もがそうなのでしょうね。変に期待を持たせる事はしないのだと知りました。

「右被殻出血で、かなり出血量が多いです。一命は取り留めましたが、まだまだ危険な状態です。」可能性なんて何も無いような言い方。でも、これが医師にとっては当たり前なのだとわかりました。

その日は強い薬で眠らせると言われて、しばらくは薬で眠らせられる状態でした。

誤嚥性肺炎は多くの方がなるみたい

入院した二日後に医師から言われたのは「誤嚥性肺炎になりました」でした。たまたま調べていた記事に、入院中に誤嚥性肺炎で亡くなったというのが載っていたので、とてもショックでした。

誤嚥性肺炎は大丈夫でしたが、一週間近く集中治療室での治療でした。

目が覚めたのは12日後

旦那の目が覚めたのは、入院から12後の事でした。わたし達は嬉しくて嬉しくて、大泣きしましたが、本人は何もわかっておらず…ここからが、大変でしたね。

麻痺、病気を理解していない旦那

目が覚めた時、旦那は「脳出血」だとは気づいていませんでした。また、脳出血の症状や後遺症も全く知らなかったので、何がなんだかわからなかったと思います。

もちろん、高次脳機能障害ですので、理解力も遅かったと思います。

よく、左手を丸太だと勘違いして「誰だ?お腹の上に丸太置いた人は」などと言っていました。

徐々に動けない事を知っていく旦那を見るのは辛かったです。

入院中1番辛いこと

旦那が1番辛かった事は、手にミトンをはめられる事でしま。痒くてかきたくても、かけない。汗を拭きたくても拭けない。そして、看護師さんを呼ぶと「そんな事で呼ばないでほしい」と言われてしまうそうで、本当に辛かったと言っていました。

夜中は手にミトン、腕と足はベッドの柵に結び付けられて、体は固定するベルトで押さえつけられて…狭い場所や固定された空間が嫌いな旦那にとって本当に地獄だったと思います。

確かに、手の自由がきかないのは恐怖ですよね。旦那は2度と嫌だと言っていました。

入院初期

退院する時

退院は、回復期病院の空きが決定してから決まりました。急性期病院には5週間の入院でした。いろんな事がありましたが、やはり2度と行きたくないですね…退院するときにジャージを持ってきてと言われて、思わず真っ赤なジャージを着せたら、看護師さんたちに眩しいと笑われてしまいました。今まで退院時に赤いジャージはなかったそうです。

介護タクシーのベッドに乗せられて、100キロ離れた回復期病院まで移動をしました。

急性期病院は毎日がすごかった

余談ですが、急性期病院はとても慌ただしかったです。毎日旦那と同じ症状の人が次々と運ばれてきて、看護師さんもお医者んも休む暇がなく働いていました。

そんな状況で、「顔がかゆい」と呼び出されても大変だろうな~と感じました。それに比べると、回復期病院はとても落ち着いた病院に見えましたね。

終わりに

今日は急性期病院での入院中の様子を書きました。入院中は大変な事だらけで、もう二度と繰り返したくはありません。

皆さんにも、過酷な状況を理解していただき、病気にならないように気をつけていただきたいと思います。

また、家族の不安もよく理解できるので、少しでも不安を解消してもらえたら良いなと思います。お医者さんは最悪な状況を伝えてきますので、その言葉通りに受け取って落ち込まなくて大丈夫です。きっと回復しますよ。悲しむのはもったいないので、よくなる方法を考えていきましょう!!

コメント

  1. SACHIKO より:

    【 お医者さんは最悪な状況を伝えてきますので、その言葉通りに受け取って落ち込まなくて大丈夫です。きっと回復しますよ。悲しむのはもったいないので、よくなる方法を考えていきましょう!!】

    この言葉にとても励まされました。

    ありがとうございました。

    • キザルちゃん キザルちゃん より:

      SACHIKO様。
      コメントありがとうございます。最初はお医者様の一言一言に涙していましたが、次第にお医者様って、最悪な状況を伝えないとならないだけなんだなぁ。とわかり、その後は気が楽になりました。なので、実際に回復してる人の情報を集めた方が良いと思います。
      共に情報を交換していきましょうね。

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